30代を前に転職を決めた理由と、もう転職はしない理由




今を変えたいけど、なにからしていいかわからないって、ありませんか?

わたしは28歳の時、転職をしました。はじめて親元を飛び出し、一人で東京へでてきました。片道切符を手にしている自分がなんか可笑しかったのを覚えてます。

決心の過程はまさに人生の転機でした。現状にモヤモヤしてる、変わりたいけど行動できない、そのままでいても別に問題ないと思ってる人にお伝えしたい、わたしの経験談です。

恵まれていた職場

新卒で入ったのは証券会社。ノルマが大変でギラギラしたイメージありませんか。合ってます。ですがそれは営業員です。わたしはバックオフィス担当でした。

バックオフィスってつまり事務なんですけど、証券会社の事務っていろいろあって、

  • 窓口対応
  • 電話対応(受注・発注含め)
  • 書類授受・管理
  • 証券事務(株券入庫とか電子化の対応とか)
  • 法人事務(持株事務・対法人向けの対応)
  • セミナー管理・資材管理
  • 支店長専属事務(本部との連携)
  • 支店の営業目標の集計、報告

上から順番に担当してきました。つまり営業以外の事務ぜんぶやったと思います。

大変そうにみえますか?でも7時前には帰れます。わたし自身にノルマはありません。

エクセルの表で進捗をわかりやすく作ってみたり、事務関連の問い合わせは優先して答えたり、顧客訪問でつかう粗品やお中元、お歳暮はどんなものがいいか考えたり。

集計作業を通してエクセルのスキルも磨きました。営業員は大変だからと気遣いをし、スキルアップをはかる、これでわたしの社内の立場は揺るがないとおもってました

お給料もそこそこよくて、ずっとわたしこんなことやっていくのかなって思ってたとき、ヤツはきた。

わたしの仕事はスキルゼロのおばちゃんにとられた

整理されシステム化が進んだ事務情報

リーマンショックからの不況、民主党の時の株価の低迷、会社は事務を徹底的に効率化しはじめました

事務手続き情報は、全てナンバリングされて電子化。検索すれば誰でもみられるようになりました。

多額の割増退職金をエサに早期退職が募集され、事務職への新規配属はほとんどなし。

でもわたしのポジションは慣れてしまえばおいしい仕事なんです。そして10年プレーヤーなお姉さんがたくさんおり、彼女らも何があっても辞めそうにない。

気遣いなんか評価されないんですよ。それはただの”都合の”良い人でしかなかったんです

わたしの配置転換と異動してきた人

その時に配置転換がありました。

都市部の花形部署から、地方の支店へ異動してきて、わたしの仕事を担当することになったのは、スキルゼロのおばちゃんでした。

50歳半ば独身実家暮らし、スキルなし(エクセルは罫線ノート扱い、株注取れず)

その人にわたしはエクセル知識から作業手順まで、わたしが培った全部すべてを教えるように言われました。でも、

  • 蛍光マーカーが水色じゃないと仕事ができないという
  • お気に入りの蛍光マーカーを経費で気軽に買おうとする
  • メモをとっているのに、何回言っても理解できない(メモを見返せない)

っていう。彼女も数十年いた部署から、常にピリピリした雰囲気の新しい職場にうつってきて大変だったとは思います。

でもわたしは頭を殴られたような思いがしました。わたしもこうなるんじゃないの?って怖くなった。

わたしのイヤが、突きつけられた

未来の自分をみた気がした

わたしがしてきた気遣いはただの自己満足だったんです。加えてなによりも、おなじ環境にいたら新しいことに対応できなくなる、世の中の流れが自分で全くわからなくなる、生まれ育った家からも、その土地からも出ずにいたらこの人みたいになるんだと思ったら、心のそこから怖くなりました。

「引き継ぎ短かったから、前の部署から問い合わせ来るかもしれない」と、ならない電話をずっと待っていた彼女の姿が忘れられません。彼女のかわりは20代女性の正社員でした。

これが現実、そう思ったらほんとうに怖気たちました

超絶苦手な仕事 テレコール

そしてわたしの新しい仕事は、電話営業と窓口販売でした。指示されたものをひたすら顧客へ電話して案内する。電話先は担当顧客ということはなく、いきなり知らない人の上に電話するスタイルです。

夕礼で今日の数字と見込みを言わされれるのがほんとうにイヤだった。ただでさえ電話が嫌いなのにさらに好きでもない商品を売り込みに電話する。

結局、わたしも50代の彼女もおなじだったんです。新しいことへのトライをしてこなかった。そして会社の指示にしたがっていればクビにはならない、という怠慢を我慢に置き換えて自分の気持ちに向き合わなかったという点に置いて彼女となにも違わなかった。

30歳は大きな壁だった

当時27歳だったわたしは、恋愛もうまくいっておらず30歳という壁だけが大きく迫っているような気がしてました。

30歳より前になにか手を打たなきゃ!それだけでした。

転職するなら今しかない、実家を出よう、やらなかったらどうなるかは見えてる。そこからは転職活動一本でした。

そして内定をもらった組織の本部が東京でした。そしてわたしは上京を決意したんです。

親元からはなれる。まずはこれだけでも変われれる。

それから家具も何も手配せずに東京へいって、はじめての一人暮らしがスタートしました。結果一人暮らしして良かったと思います。

食べるものも寝る時間も、帰る時間もじぶんで決められます。実家にいた時は家にお金をいれていたのですが、上京を機にそれもなくなったので好きに使えます。

一人暮らしして気づいたのは、ずっと親の目で生きてたなということ。別に叱られないのに早く帰る、別に文句も言われないのに無駄遣いしない。

一人暮らすようになって、じつは格闘技好きだったりサーフィンやりたかったりランニングしたいというじぶんの気持ちに気づきました。

それまでインドアで漫画家や小説家になりたいと思っていたわたしがアクティブなスポーツなんて始めてて。じぶん自身がびっくりでした。

仕事は苦労の連続

新しい仕事は苦労の連続でした。これだけでまた一記事書けるので簡単に書きますが、

  • 誰もやりたがらない仕事
  • 引受先がない仕事
  • モンスターお局2体と怪獣上司2体

入ってすぐこんな感じでした。すべて倒しクリアしたよと言えるので、頑張ったかいがあったと思ってます。

すこしのことで人は変われる(と思う)

わたしは”見たくない、見ないようにしていた現実”を突きつけられたことでようやく動きました。親もとを出ようとしながらも、親に引き止められたら止まっていたし、転職したいといいながら何かに手をつけるだけの日々。でも一人暮らし&転職でわたしは大きく変わりました。

ポジティブな気持ちからでなくて、今を変えたいっていう気持ちからでいいんです。

もう転職はしないけど、転職があったからそう思える

これでいいのかな?とおもったら、その気持ちが小さいうちにきちんと向き合った方がいいです。それを見ないふりしていると、わたしのようにガツンと大きく心をえぐるイベントとして目の前にあらわれます。もとの気持ちは消えてないからね。

わたしは異動で頭が真っ白になった時、転職サイト登録からはじめました。絶対辞めてやろって思って。

転職サイトを通して転職したわけではないけれど、転職サイトから会社の外を覗くことができたんです。じぶんの市場価値とか、アタマが痛くなる現実もありますが、見てみないフリしてじぶんに価値があると勘違いして生きるよりマシです。

いろんな世界があることを知るだけで、集まってくる情報が変わってきて、転職できたりします。いきなりフリーランスで生きていこうとか、起業する、なんて決められません。そして転職があったらから、もう雇われて働くのはやめようと思えたんです。

急に環境を変えるのは誰だって怖いです。わたしも東京へ行くって決めた時怖かったし切符がすごく重く思えた。でもそこに繋がる一歩は、間違いなく転職サイトの登録でした。今とは違う世界(社会)を覗くきっかけ。

わたしが利用した転職サイト

一番リスクのない、小さな一歩は転職サイトの登録。

わたしが登録し、担当者がついてくれたサイトのはワークポートとリクナビでした。

  • 他の業界を知ることができる
  • 担当者が親身に話を聞いてくれる
  • 応募した企業とのセッティングをしてくれる
  • 理想を違う場合、それを教えてくれる

ここで転職を決めた訳ではないですが、転職サービスの担当さんと話すって、大きな一歩です。 社外の人と真剣に仕事の話、してみてください。

で、まあやっぱり転職はやめよって思って始めたのはクラウドワークス

結局雇われて働くのがイヤなんだなって思ったことと、年齢やスキルからみた転職市場におけるわたしの価値の低さに、転職繰り返してもクソババアイヤな人間はどこにでもいるだろうな、と思ったんですよね。

だったらやれることでスキル積んでいこうと思ったんです。それで登録したのがクラウドソーシングサイトのクラウドワークス

普通に勤めながら小銭稼げるんですよね。わたしは文章書くのは苦にならないのであわよくばWebライター!と思ってはじめました。

結局わたしは言われた通り書くのがイヤだなって気が付いたので数ヶ月でやめましたが、フリーランスという働きかたを肌で感じることができました。副業として月1万くらいはふつうに稼げます。

転職サイトの登録、クラウドワークスは、一企業内にいてはわからなかった世界がみえました。

で、やっぱクラウドソーシングも違うなって思ってはじめたのがアフィリエイト

これがダメでも次がある。

たどり着いたのがアフィリエイトでした。今はサイトから収益を上げるべく毎日パソコンに向かう日々です。このブログには会社依存から脱却し、潤いのある生活を手に入れるまでのわたしの記録を記しています。

おつきあいのほどよろしくお願いいたします。


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