がんばる理由。このブログについて

こんにちは!このブログを書いてる小路りょうです。

このブログは一体何…?と思われるくらい、ゴッサリいろいろ書いてます。なぜかというと、わたしの試行錯誤の記録としてのブログだからなんです。

小路りょうってなにしてきた人間なのか

1980年代生まれの岐阜県出身。私大文系を卒業後、大手証券会社に就職。地元の支店に6年勤めたのち転職。

上京し、初めて親元を離れて一人暮らしをはじめ今に至ります。そのなかでまあいろんなことに手をだしてきました。

  • ダイエット
  • ファッションコンサル記録
  • ブログ・アフィリエイトの副業
  • 転職と一人暮らし

全部じぶんに自信を持ちたくて、一人でもしっかり稼げるようになりたくて、実際に手を出してきたことです。

そしていまの目標は、組織に属さない働き方を実現すること

今のところ結果もかんばしくないのに、どうしてこうももがき続けるのか、わたしのプロフィールとして書いておこうと思います。

なぜ組織に属したくないのか 転職後の職場いじめ

ブログを書いて生活の足しにしようと思ったきっかけは、転職後の職場が嫌すぎたからです。

「もうここで頑張っても意味はない」そう思った2017年の4月、MacBookを買ってその週にワードプレスでブログサイトを作りました。それがこのMARUPOCHIです。

職場についてですが、転職して配属されたばかりの当時はわかろうとしませんでしたが、わたしは絶好の標的でした。

幸いにも精神的に休職に追い込まれるほど病むことはなく、丈夫な体と精神に感謝しています。お母さんありがとう。

執拗な人格攻撃 呼びだして個室面談

まずわたしの採用を決定したらしいT部長

入職して二日目に、わたしを採用した部長から社内メッセージが飛んできました。

「イスをきちんとしまって帰っていない。わたしはオフィス全体を常に見ているからわかる。まわりへの気遣いを忘れないように」

びっくりしました。イスはデスクにきちんとおさめて帰っています。でもその時はそんなこともあったかもしれない、と思って「ご指摘ありがとうございます」とメッセージを返し、部長の席まで謝りにいきました。バツの悪そうな顔してましたね。

どうも告げ口だったようです。あの子はマナーがなっていない、ということを配属されたチームを取り仕切っていた女性Tが初日に告げ口したということを後日知りました。

そしてT部長はことあるごとに「やぼったい」「田舎っぽかったよね」「実家をGoogleマップでみたよ。まわりに何もないんだね〜」とわたしに言いました。

特に飲みの席ではひどく、上記の3フレーズをわたしのこととして饒舌で話します。本気で気持ち悪いと思いました。実家をGoogleマップで調べたということは特に気味が悪く、でも履歴書に住所は書くので仕方ないのか、とも思っていました。

わたしが職場の飲み会に行かなくなった理由の1つです。

チームを取り仕切っていたTとM

TとMというふたりの女性がいました。二人ともなぜかわたしが気に入らなかったらしく、まずTに個室に呼び出されました。

「あなたは知らずにまわりを不快にさせる人。いわれたことない?」

いきなりこんなこと言い出すとは思わなかったのでびっくりしましたが「…ないです」と答えました。

「まあ言ってくれる人ってないからね」

「具体的にどんなことで不快にしたのでしょうか」

「これ、読んで考えて」

といって手渡されたのは「社会人1年目のビジネスマナーブック」でした。

もう一人の女性Mは、当初から挨拶してもわたしを完全に無視していました。

歓迎会でお酒が入った帰り道にやっと口を聞いたのですがそれが「あんたみたいに上場企業辞めて親元も離れてわざわざ上京する人、ほんとに意味わかんない!」でした。

あと1時間くらい立ち話で何か言われましたが、翌日はすっぱり無視再開でしたね。

わたしの1ヶ月後に入ってきた上司Mがわたしにしたこと

彼は50才に届きそうな年代で、わたしの一月後に入職してきました。上司Mはとくにひどかったです。

  • 業務は上司が把握するものではない。担当者が全てを把握するものだ
  • 君は前職で派遣だったのか?正社員として仕事はしていないのか
  • 前職でこういう仕事はしていないのか?(文章が下手すぎるという指摘)
  • 入職して数ヶ月で飲み会への参加を断るのは社会人として不適格

細かく覚えてると心が死ぬので詳細は忘れてますが、はっきり覚えているのは上記です。全て窓のない個室に呼び出されて言われました。

文章が下手すぎると言われ、わたしが失敗をした設定を作り反省文を書くという実習をさせられたのが忘れられません。今書いてても涙がでます。

小路さんがこういうミスをしたという設定で、経緯書と報告文を書くように。どういうミスかというと…とわたしがミスをしたという架空の設定を細かく口頭で言われました。

「これは業務上の指導であるから、そのつもりで」

個別面談のあと、その内容がこのメッセージで締めくくられて送られてきました。まだ他にありますが、細かく覚えていると気が狂うので記録した日記も破り捨てたんですよね。とっとけば良かった。

念のため書きますが、こんなことをさせられたのはわたしだけです。

陰口で休みをとれなかった 却下された休暇

わたしに割り当てられた業務は、組織のメインブランドにあたるものの維持管理事務です。

内容はこれ以上詳しくは書けないのですが、メインブランド維持業務を一人で行なっていました。結構な作業量です。

代わりがいないので体調が悪くても出勤し、午前中に必要なデータ納品や委託業者へ連絡をして午後は半休をもらう、という方法で乗り切っていました。

チーム全員が帰り、一人で夜九時まで残ったこともあります。だいぶキツかったですが、こんな時こそ休みを使おう、と思いました。

女性Tも女性Mも、そして部長Tも当日欠勤や遅刻・早退をよくしており、休みやすい職場であることがその組織の最大のメリットだったんです。

幸い年度中にとるべきとされているリフレッシュ休暇があり、1ヶ月に1日休める計算でした。代わりがおらず一人で担当していた業務だったのを前向きに捉え、業務スケジュールを調整し計画的に向こう3ヶ月間の休むスケジュールを上司Mに提出しました。

「こんなに一気に休むの?しかもこんなみんなが取りたいと思う日にちにこんなに前から休み入れるなんて、社会人としてどうなの?」

ものすごく蔑んだ目で言われたのを覚えています。

みんなが取りたいと思う日にちですが、そこを休めば3連休、というカレンダーだったんです。誰も代わりはいないしとにかく休みたかったからなんです「どうなの?ねえ?」と言われたわたしは休み申請を取り下げるしかありませんでした。

3月になり、総務から未消化のリフレッシュ休暇取得の指示が出た時、上司Mはこっそりわたしの席にやってきて小声で言いました。

「なに、休み残ってたの?取らなきゃダメじゃない」

はじめて人に対して「◯ね」と思いました。

上司Mは女性Tに「小路は担当業務が1つしかないのにすぐ休む」と告げ口をしていたようです。それを真に受けた上司Mの発言でした。

この時期は本当にきつかった。

熱でフラフラで頭も重く、でも代わりがいないので出勤し、2時間で全て段取りをつけて帰らせてください、と言ったところ「3.5時間未満は欠勤だから」と言われてそれでも無理だと思って帰った日、すぐ休むと告げ口していたとあとで同僚に聞きました。

ただ上司Mより上の上司Hが、「いいよ時間までやったことにしておれが申請通しとくから。しんどいんだろ、帰れ」と言ってくれました。この時のHの言葉だけは今思い出しても泣けるほど嬉しかった。

ちなみにその後1年半前に連休10になるような休暇申請が出ていますが、上司Mは却下していません。ほんとうにわたしだけでした。

今辞めていない理由

なんで辞めないのってなりますよね。結論としてじぶんで決めたことだから、というのが大きいと思いますが理由はまだあります。

さしあたって食うには困らない給料がある

東京都内に部屋をかり、ギリギリ一人暮らしができています。きちんとしたところに勤め、一人で生活ができているということはわたしの自信の1つなんです。

じぶんで選択下から、というのもありすぐに辞めてたまるか、そんな意地と、最初だから大変なのは当たり前、仕事を覚えてたら楽になると思って日々耐えていたんです。

「あなたならどこに行っても大丈夫」「おまえのチャレンジが羨ましい」「おまえの選択を尊重する」前職の上司、仕事を教えてくれたお姉さんのメッセージを見返したり思い出したりし、大丈夫わたしはできるって頑張っていました。

そして残念ながら、わたし一人の社会的信用はいま属している組織の後ろ盾によるものです。

独身のオーバー30が、なんのスキルも稼ぐあてもなく職を失うわけにはいきません。わたし一人ではなんの社会的信用もないのが現実。

なんの足がかりもなく組織を辞めスライダーに乗ったら、わたしは死んでも彼らを呪い続けることになります。それはわたしにとっても彼らにとってもあまりにも不幸ですからね。

幸い体調も悪くなく精神的にもタフなので、この職場は最低限の糧を得るため、といまは割り切っているというのが正直なところです。

最大の復讐はわたしが豊かになることだから

辞めたら思うつぼだと思っています。

あなた方の評価がなくても、わたしはやっていけると証明して突きつけてやりたいんです。評価されなくて辞めた、とか、ダメだった、とか言われて辞めるのは絶対いやです。

惜しまれて辞めてやりたいし、悔しがらせてやりたい。

彼らや彼女よりも稼ぎ、わたしの実力をみせてから辞めてやりたいんです。

とらわれていると思いますか?でもこれがわたしのプライドなんです。

じぶんで道すじをつけて次のステップへ行ったという自信が欲しい

このまま稼げない状態で辞めたら、わたしは負けたって思うんです。粋がって一人で東京行って、馴染めずに帰ってきたってじぶんで思ってしますんです。

彼らにじぶんを傷つけられたまま姿を消すことは絶対にできません。ここで知ったこと、身をもって学んだことを全て消化したいんです。

そして克服できた、そして次のステップへ行けた!とじぶんの自信にしたいと思っています。

組織にぞくさない、自由な生活を実現するまでのブログ

だから副題がDon’t give up the FIGHT

生活に必要な糧だけもらい、必要なスキルを空き時間にどんどんつけてやる。そんな思いで今まで頑張ってきました。これからもです。

彼らが野暮ったいと言うから、パーソナルカラーやパーソナルデザインをうけてファッションを勉強しました。女性Tも上司Mも小太りだから、感化されてたまるかという思いでダイエットしました。

で、今はブログとサイト制作です。

おしゃれやダイエットはまだまだ上があります。ブログもまだまだです。

でも絶対負けたくない、という思いがあるから試行錯誤を繰り返しているんです。さっさと辞めて次へいく自身がないわたしの試行錯誤の記録がこのブログです。

だから副題は「Don’t give up the FIGHT」

MARUPOCHIは◉のこと 選択ボタンをポチ!というイメージ

MARUPOCHIってなんぞ…?実はわたしがちっちゃい時の家族間限定の呼び名です笑

それと選択ボタンをポチするイメージを重ねました。

人生は選択の連続。複数選べることって少ないんですよね。いまはとにかくどれかを選択(ポチ)ダメなら次の選択をポチ!

そんな感じです。

だからこのブログはMARUPOCHI –Don’t give up the FIGHT-

わたしの試行錯誤が、読んでくれた方になんか勇気をもてる内容になればと思っています。